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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)208号 判決 1973年5月23日

原告

坂軍治

被告

伊勢村昭

ほか一名

主文

1  被告らは各自原告に対し金九九二、五二〇円およびこれに対する昭和四五年二月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告その余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決のうち第一項はかりに執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金四、〇一二、八六〇円およびこれに対する昭和四五年二月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

原告の請求を棄却するとの判決を求める。

第二請求の原因

一  事故

原告は、つぎの交通事故により傷害を被つた。

(一)  日時 昭和四三年四月二日午后三時三〇分ころ

(二)  場所 大阪市浪速区塩草町一、一四五番地先路上

(三)  加害車 普通貨物自動車(泉四あ二四五号)

右運転者 被告松島

(四)  被害車 原動機付自転車(第二種)

右運転者 原告

(五)  態様 北から南に向つて前記場所道路端を進行していた被害車と同方向に向つて進行して来て右場所十字型交差点を左折東進しようとした加害車とが接触し、原告において路上に転倒した。

二  責任原因

(一)  運行供用者責任

被告伊勢村は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

(二)  使用者責任

被告伊勢村は、その営む運送業のため被告松島を雇用し、同被告において被告伊勢村の業務の執行中本件事故を発生させた。

(三)  一般不法行為責任

被告松島は、本件事故当時前記のように北から南に向つて加害車を運転進行し、本件事故発生地点の十字型交差点において左折東進しようとしたのであるが、このような場合には、前方あるいは側方を十分注視し、自車の周辺を進行しつつある車両との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、前方および左側方の注視を怠つたまま漫然と左折しようとした過失により、当時加害車の左側方を北から南に向つて進行つつあつた被害車に気付かず、左折を開始した途端に加害車をもつて被害車に接触し、その衝激により原告を路上に転倒させ、もつて、本件事故を発生させたものである。

三  傷害の内容

(一)  傷害の部位、程度

左大腿骨々折、左手背指部挫傷、左側胸部挫傷等の傷害

(二)  治療の方法

事故当日の昭和四三年四月二日から同年七月一五日まで手島外科病院に入院し、翌同月一六日から昭和四四年一月二〇日まで同病院に通院し、同年九月六日から同月一九日まで同病院に再入院し、さらに、翌同月二〇日から同年一一月二〇日まで同病院に通院して治療を受けたほか、その間の昭和四三年七月一六日から同年一〇月三一日までの間前後七〇回にわたり小笠原整骨療院においてマツサージ治療を受けた。

四  損害額

(一)  入院付添費用 金七六、七〇〇円

前記手島外科病院における入院治療に際しては付添看護を必要とし、その費用として前記金額を要した。

(二)  マツサージ治療費 金二四、六〇〇円

前記小笠原整骨療院におけるマツサージ治療のため前記金額を要した。

(三)  治療費 金一一〇、三五〇円

前記手島外科病院における再入院の際の治療費として前記金額を要した。

(四)  逸失利益 金三、〇二七、九一〇円

原告は、古くから京染、洗張を業とし、顧客を求めて堺市、富田林市にまで自ら赴き、注文をとり、妻ならびに長男夫婦ら三名に手伝わせて稼働し、本件事故当時は一箇月金一五〇、〇〇〇円の収益を挙げていたところ、本件事故に基づく前記受傷のため、本件事故の日以降得意先に赴き注文をとり、あるいは注文を受けて完成した品物を配達することができなくなつて一箇月金六〇〇、〇〇〇円の減収となり、この減収は、少くとも昭和四七年一二月末まで続いた。そこで、右原告の受傷による逸失利益の額を昭和四五年度分以降のものについてはホフマン式計算方法により一括年五分の割合による中間利息を控除して計算すれば、別紙計算書記載のとおり金三、一三八、二六〇円となるから、そのうちとりあえず金三、〇二七、九一〇円を請求する。

(五)  慰藉料 金八〇〇、〇〇〇円

本件事故の態様、原告の被つた傷害の部位、程度、その治療に要した期間、その他諸般の事情によれば、本件事故により原告が被るに至つた精神的苦痛を慰藉するに足りる金銭賠償額は、前記金額をもつて相当とする。

(六)  弁護士費用 金三〇〇、〇〇〇円

五  損害の填補

原告は、前項損害の填補として被告伊勢村から入院付添費用金七六、七〇〇円、逸失利益のうち金二一〇、〇〇〇円の支払を受けている。

六  結論

よつて、原告は、本件事故に基づく損害の賠償として被告ら各自に対し金四、〇一二、八六〇円およびこれに対する最終の本件訴状送達の翌日である昭和四五年二月三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三答弁

請求原因第一項の事実は加害車と被害車とが接触したとの点を否認し、その余の点は認める。

同第二項中、(一)、(二)の事実は認めるが、(三)の事実は否認する。

請求原因第三項中、(一)の事実は認めるが、(二)の事実は知らない。

請求原因第四項の事実は知らない。

同第五項の事実は認める。

同第六項は争う。

第四抗弁等

一  過失相殺

原告主張の事故は、北から南に向つて進行し、右事故発生地点交差点において左折東進するため、減速のうえ徐々に道路の車道左側に寄りつつあつた被告松島運転の加害車と歩道との間にのこつていたわずかな車道部分間隔を加害車の後部から追随進行して来た被害車の運転者原告において強引に通過直進しようとしてバランスを失い、そのまま被害車を前方に暴走させ、当時たまたま東から西に向つて進行して来て右交差点手前入口で停車していた自動車に自ら衝突し、これにより路上に転倒することにより惹起されたものである。ところで、被告松島は、本件事故当時は前記のように本件事故発生地点交差点で左折するため、その手前約七〇メートルの地点まで接近すると方向指示器により左折の合図をはじめ、さらにその手前約三五メートルの地点に接近するとブレーキを踏んで加害車の速度を落しながらバツクミラーで左後方に後続車両のないことを確認したうえ、加害車の速度が毎時五キロメートル程度になつたところでハンドルを左に切りながら道路端に寄りはじめ、再度安全確認のため左側を見たところ、左側面窓越しに原告の上半身を発見したので、直ちに急制動の措置を講じ停車したものである。ところが、原告は、前記のように被害車を暴走させて本件事故となつたものである。したがつて、本件事故については被告松島の側に過失がない。他方、原告は、本件事故当時前方の注視を怠つていたため、加害車の左折の合図に気がつかず、加害車の減速の意味を理解せず、加害車と歩道との間のわずかな間隔部分に割り込み、前記のようにバランスを失つて被害車を暴走させ本件事故に会つたものであり、本件事故は、すべて原告の過失により惹起されたものである。しかしながら、かりに被告松島の側にも過失があつたと認められるとしても、原告の側により重大な過失があつたことは否定し難い事実であるから、被告らの賠償すべき損害額の算定に際しては、この点が斟酌され、相当の減額がなされるとともに、その際には被告伊勢村において原告の本訴請求外損害金五六七、八五〇円(手島外科病院治療費金五五一、八五〇円、交通費金一六、〇〇〇円)を支払つているので、この点も斟酌されて然るべきである。

二  弁済

被告伊勢村は、原告のマツサージ治療費のうち金一二、九五〇円の支払をしている。

第五抗弁等に対する答弁

抗弁等第一項の事実中、原告が被告ら主張のとおりの本訴請求外損害の支払を受けていることは認めるが、その余の事実は否認する。

抗弁等第二項の事実は認める。

証拠〔略〕

理由

一  事故

昭和四三年四月二日午后三時三〇分ころ大阪市浪速区塩草町一、一四五番地先路上を被告松島運転の加害車および原告運転の被害車がいずれも北から南に向つて進行していたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を綜合すれば、被告松島は、本件事故発生地点交差点において左折東進するため、その入口の手前約七〇メートルの地点に接近すると方向指示器で左折の合図をはじめるとともに、さらに進んで交差点入口の直近に達つすると、左バツクミラーを瞥見して自車左側後方から直進して来る車両について気を配つたものの、進路前方の注視をなおざりにしたまま漫然ハンドルを左に切り左折の態勢に入つたため、自車の左前方道路端を前記のように直進していた被害車に気付かず、ここに自車左前部角付近をもつて被害車後部の荷台右側付近に接触するところとなり、これにより原告は、被害車がいきなり前方に突き飛ばされる恰好となつてバランスを失い、被害車の操縦がままならないまま約二二メートル進行したところ、たまたま同所に東から西に向つて進行して来て右交差点で左折南進しようとして一旦停止し、南北道路の南行車両の途切れるのを待つていた一台の自動車があつたため、その右前部角付近に左脚を衝突させてその場に被害車もろとも転倒するに至つたこと、被告松島は、加害車を被害車に接触させたときこれに気付かなかつたが、接触の直後前記のように暴走をはじめた原告を発見し、直ちに急制動の措置を講じ、原告を発見した地点から約三メートル進行した地点に加害車の両前輪スリツプ痕各約一・四メートルを残して加害車を停車させたことがそれぞれ認められ、被告松島昭尋問の結果中、右認定に反する部分は、そのまま直ちに信を措き難い。

二  責任原因

請求原因第二項(一)の事実は当事者間に争いがなく、また、前項認定の事実によれば、本件事故は、被告松島において加害車を運転進行するに際し、進路前方の注視を怠つていた過失により、前方左側を進行中の被害車に気付かないまま左折のためハンドルを切りはじめたため、これに接触するに至つたことが直接の原因となつて生じたことが明らかであり、その発生についての責任は、すべて同被告の側にあり、ひいては、同被告において本件事故による原告の損害を賠償すべき責任のあることも当然のことである。

三  傷害の内容

原告が、本件事故の際の転倒により左大腿骨々折、左手背指部挫傷、左側胸部挫傷等の傷害を被つたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を綜合すれば、つぎのとおりの事実を認めることができる。

原告は、前記受傷のため事故当日の昭和四三年四月二日から同年七月一五日まで一〇五日間手島外科病院に入院して手術等による治療を受け、その後は昭和四四年一月二〇日まで同病院に通院して治療を受ける傍ら、その間の昭和四三年一〇月三一日まで前後七〇回にわたり小笠原整骨療院に通院して前記骨折箇所のマツサージ治療を受けた。

そして、原告は、昭和四四年九月二〇日前記病院に再入院して前記大腿骨々折の観血的整復術を受けた際に挿入された釘抜去のための手術を受け、同月一九日入院治療一四日間で同病院を退院し、爾後同年一一月二〇日まで同病院に通院して治療を受けた。

この結果、原告においては格別の後遺症を残すことなく治癒するに至つた。

以上の事実が認められる。

四  損害額

(一)  入院付添費用 金七六、七〇〇円

〔証拠略〕を参酌すれば、原告は、前認定第一回目の手島外科病院における入院治療の際には、その病状の故に付添看護人を必要とし、そのための費用として前記金額を要したことが認められる。

(二)  マツサージ治療費 金二四、六〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、前認定マツサージ治療のため前記金額を要したことが認められる。

(三)  治療費 金一一〇、三五〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、前認定手島外科病院への再入院の際の治療費のうち前記金額を支払つていることが認められる。

(四)  逸失利益 金五〇〇、五二〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故当時妻および長男夫婦らとともに京染、洗張等を業として行い、自らは長男とともに行う洗張のほか、被害車を運転してする注文取り、配達等の仕事をも担当し、本件事故の前年度である昭和四三年度は自己個人の年間所得を金六〇〇、六三〇円として税務署に申告していたことが認められる。そして、右認定の事実によれば、原告は、妻および長男夫婦の協力を得て前認定営業を営んでいたものであり、かつ、〔証拠略〕によれば長男は、本件事故当時すでに三六、七才に達つし、洗張等の作業については二〇年近くの経験を積んで来ていたことが認められるところ、〔証拠略〕によれば、原告は、明治三九年一〇月二八日生で、本件事故当時六一才五月余であつたことが認められるから、原告方の営業活動の大部分が原告個人の活動のみによつて支えられているものということはできないであろうが、そもそも原告の前認定税務署に対する営業所得の申告に際しては、自己以外の家族の活動部分については、専従者に対する給与支払等の名目をもつて評価のうえ控除されているのが当然のことと推察できるから、原告は、本件事故当時右税務署に対する申告程度の所得を自己個人の活動により挙げていたものと認めて妨げなく、これによれば、原告は、本件事故当時前記稼動により一箇月平均金五〇、〇五二円の収益を挙げていたものと認めることができる。

ところで、〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故後前認定受傷のため前記営業に従事することができなくなり、右傷害が治癒してからは老令のため隠居することとなつて、今日に至つていることが認められるが、さきに認定した原告の傷害の程度、営業活動の態様等よりすれば、原告の前認定休業のうち本件事故当日から手島外科病院に通院して治療を受けた昭和四四年一月二〇日ころまでおよび右病院に再入院した前認定一四日間の前後合計一〇箇月間のそれは、本件事故のため止むを得ない休業であつたといわなければならないが、その余の休業は、原告において稼動する意思があつたならば、十分稼動し得たものと認められ、したがつて、本件事故と相当因果関係があつたものということができない。そして、原告において本件事故にさえ会わなければ、右休業にかかる一〇箇月間については事故前と同様に稼動し、従前同様一箇月金五〇、〇五二円の収益を挙げることができたものと推認するに十分であるから、結局、原告の本件事故による得べかりし利益喪失による損害は、金五〇〇、五二〇円ということができる。

(五)  慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円

さきに認定した本件事故の態様、原告の被つた傷害の部位、程度、その治療に要した期間、その他本件にあらわれた一切の事情によれば、本件事故により原告の被るに至つた精神的苦痛を慰藉するに足りる金銭賠償額は、前記金額をもつて相当とすると思料される。

五  過失相殺

原告の側に本件事故につき過失がなかつたことは第一、二項において述べたとおりである。

六  損害の填補

請求原因第五項の事実は当事者間に争いがなく、抗弁等第二項の事実も当事者間に争いがない。

七  弁護士費用 金八〇、〇〇〇円

そうとすれば、原告は、被告らに対し差引金九一二、五二〇円の損害賠償請求権を有するところ、被告らにおいて任意にその支払をしないため弁護士に対し本訴の提起を委任し、その費用、報酬として金三〇〇、〇〇〇円の支払を約諾していることは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであるから、被告らは、右弁護士費用のうち相当額をも本件事故による原告の損害として賠償しなければならないところ、右相当額は、本件訴訟の難易、その審理に要した期間、本訴請求額、認容額等よりすれば、金八〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

八  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金九九二、五二〇円およびこれに対する最終の本件訴状送達の翌日であること当裁判所に顕著な昭和四五年二月三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があるからこれを認容しなければならないが、その余は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小酒禮)

計算書

1)43.4から44.12まで(21箇月間)

60,000円×21月=1,260,000円

2)45.1から47.12まで(36箇月間)

60,000円×36月×0.86956521=1,878,260円

1)+2)=3,138,260円

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